祖師谷で起きた一家惨殺事件。深い闇の中に、血の色の悪意が仄見えた。捜査一課殺人班十一係姫川班。警部補に昇任した菊田が同じ班に入り、姫川を高く評価する林が統括主任として見守る。個性豊かな新班員たちとも、少しずつ打ち解けてきた。謎の多い凄惨な事件を前に、捜査は難航するが、闘志はみなぎっている―そのはずだった。日本で一番有名な女性刑事、姫川玲子。凶悪犯にも臆せず立ち向かう彼女は、やはり死に神なのか? (「BOOK」データベースより)
本書の惹句には「姫川玲子×〈ジウ〉サーガ、衝撃のコラボレーション」というかなり衝撃的な文言が書かれていました。まさかこの人気二大シリーズが合体するなどとは夢想だにしませんでした。
しかしながら、著者の言葉によりますと「僕は作品ごとに年表を作っていますが、時間軸は統一してある」のだそうで、どの作品がコラボしてもおかしくないように計算されているのだそうです。( エキサイトレビュー : 参照 )
佐々木譲作品のようなシリアスな警察小説ではなく、より娯楽性の強いという意味での警察小説の中では、今野敏とこの誉田哲也の小説が双璧だと思っています。そもそも警察小説という分野に限定しないエンタメ系の作家の中でも誉田哲也作品は最も好きな作家の一人だということもあり、今回のこの企画は衝撃的なものがありました。
そして実際に読んでみてもその期待は裏切られることはなかった、と言えます。それほどに私の好みに合致した作品でした。
ただ、誉田哲也という作家の作品は、例えば『ケモノの城』のように、表現のグロテスクさを前面に押し出す傾向のある作品群があり、本書もその中に位置づけられます。その点では読者を選ぶでしょうし、グロテスクな表現を好まない人には向かない作品です。
例えば、平木夢明の『ダイナー』など、エロスと暴力満載で更に人間の解体のような決して普通の感覚ではいられないグロテスクさを持った小説のような作品もあります。生き埋めになる寸前に料理が得意という一言で、殺し屋たち専門の食堂の手伝いとして生き延びた女カナコの物語である『ダイナー』は、この食堂のコックでもあるボンベロとの本書なりの心の交流を根底に持っていて、物語の救いにもなっているのです。
本書の場合、それは姫川の捜査に対する熱意であり、菊田や井岡といった姫川班の仲間との連帯と言っていいのでしょうか。姫川に対する井岡の恋心の表現の場面で見せるコミカルさはシリーズの清涼剤的な役割も持っているし、菊田と姫川との間の関係は男と女の関係を越えたものがあるように思えます。
祖師谷で起きた一家惨殺事件の持つ猟奇的な側面が物語として必要なのかは分かりませんが、作者はこの猟奇性が姫川の持つ心の内にひそむ闇へと結びつくとでも感じているかのようです。
この点では、誉田哲也自身が猟奇性の無い作品ということで『Qrosの女』という作品を著わしているそうです。( Qrosの女 誉田哲也|BOOK倶楽部特設サイト : 参照 )
一方、祖師谷一家惨殺事件と二十八年前の未解決事件である「昭島市一家殺人事件」との類似に気付いたフリーライター上岡慎介が殺されてしまいます。ここでフリーライターを調べる姫川が東弘樹警部補と会うことになるのですが、この上岡慎介こそは「歌舞伎町セブン」のメンバーの一人であり、東弘樹警部補も『ジウ』シリーズの重要な登場人物の一人なのです。『ジウ』シリーズの流れをくむ『歌舞伎町セブン』と『姫川玲子』シリーズがここでリンクすることになるのでした。
そしてこの事件が本書の姉妹作品である『ノワール-硝子の太陽』ということになるのです。
こうした二つのシリーズのリンクは、「欠伸のリュウ」こと陣内陽一も本書に少しですが顔を出すことになり、両シリーズのファンとしてはますます目を話せない作品となっています。