原田 マハ

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19世紀末、パリ。浮世絵を引っさげて世界に挑んだ画商の林忠正と助手の重吉。日本に憧れ、自分だけの表現を追い求めるゴッホと、孤高の画家たる兄を支えたテオ。四人の魂が共鳴したとき、あの傑作が生まれ落ちた―。原田マハが、ゴッホとともに闘い抜いた新境地、アート小説の最高峰。ここに誕生!(「BOOK」データベースより)

本書は、日本でもファンの多い、フィンセント・ファン・ゴッホと、その弟テオドルス・ファン・ゴッホ兄弟の物語であり、当時パリで活躍していた林忠正という日本人画商と、そのもとで働く加納重吉という日本人二人が加わった話となっています。また、2018年本屋大賞のノミネート作品でもあります。

 

十九世紀後半のヨーロッパでは、日本美術に対する関心が高まり、その日本趣味は「ジャポニスム」と呼ばれていました。特に浮世絵に対する関心は高く、西洋美術に大きな影響を与えたと言います。

浮世絵に影響を受けた画家たちのなかに“印象派”と呼ばれる新進の画家たちがいました。しかし、当時のパリでは、アカデミー所属、若しくは推薦の画家が描いたテーマも構図も決まった絵画こそが美術であるとして、単に印象を起こしたにすぎない絵はなかなか絵画として認められにくい状況にあったのです。

こうした時代背景のもと、日本美術を海外に紹介し、日本では二束三文であった浮世絵を手広く売りさばいていたのが林忠正でした。

加納重吉は、この林忠正のもとで、とあるパーティーで当時グーピル商会の支配人をしていたテオドルス・ファン・ゴッホと知り合い、ゴッホ兄弟と林忠正跡の間を取り持つ役割を担うようになるのでした。

 

もとは兄フィンセントがグーピル商会に勤めていたのですが、テオがグーピル商会に勤めて数年後にフィンセントはグーピル商会をやめ、曲折の末に絵を描き始めるようになります。

印象派の画家たちが次第に世間に認められ始めていくなか、フィンセントを売り出す機会を狙っているテオは、なかなかそのタイミングを見つけられないでいたのです。

テオは家族を養いながら、フィンセントの画材、絵具、生活費を送り続けていました。しかし、フィンセントは弟の心を無視するように酒におぼれ、次第に精神を病んでいきます。

自分の画が世の中に認められずに苦悩するフィンセント、なんとか彼の画を世の中に認めてもらおうと苦労する弟テオ。兄は弟を愛しながらも自分の画にのめり込み、弟は兄の才能を信じながらも、無頼な生き方をする兄をたしなめるのです。

 

この兄弟間の愛情と憎悪は本書の一つのヤマでもあるようです。原田マハという作家は人間の心情の描き方がうまい作家だということを、こうした場面で知らされるのです。

ゴッホ兄弟と林との懸け橋となるのが、架空の人物である重吉です。重吉はそんなテオに手を差し伸べ、林にフィンセントの画を見てもらおうとします。

日本へ連れて行って欲しいというフィンセントの現状を見抜いた林は、フィンセントにアルルへ行くようにと勧めます。その後ゴーギャンをもフィンセントのもとへと送りこみ、フィンセントに明るく自由な環境での創作を期待するのです。

 

ゴッホたちに大きな影響を与えたと言われる日本の浮世絵。その浮世絵が幕末から維新期にかけて欧米に大量に流出した、という話は聞いたことがあります。そして、浮世絵が西洋絵画に大きな影響を与えた、という話もまた聞いたことがあります。

しかし、音楽も含めていわゆる芸術作品には疎い私は、ゴッホの絵画作品の中に浮世絵自体の模写であるとか、背景に浮世絵を配置した絵があるという話は知りませんでした。

ゴッホによる安藤広重の浮世絵の模写としては

印象派と浮世絵 (1) – 印象派の技法とは – 浮世絵ぎゃらりぃ

に画像と共に詳しい解説も載っています。

また、溪斎英泉の浮世絵の模写としては

花魁(溪斎英泉による – ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

に載っています。

 

日本の浮世絵をテーマにした作品としてすぐに浮かぶのは、 朝井まかての『』です。北歳の娘で、“江戸のレンブラント”と呼ばれた葛飾応為こと“お栄”を書いた作品はいくつかあるのですが、お栄の姿をここまで生き生きと描き出している作品は他にはないと思います。

この作品には上記の渓斎英泉も北歳の弟子として登場していて、お栄が心惹かれる男として描かれているのです。

また、明治浮世絵の三傑の一人に数えられ、最後の浮世絵師と呼ばれた小林清親の物語である、 杉本章子の『東京新大橋雨中図』という作品もありました。この作品は小林清親の眼から見た東京が描かれ、光線画という新しい手法で注目を得、人気絵師として成長していく小林清親像を、その内面をも含めて描写していて読みごたえがありました。

梶よう子によるヨイ豊という作品は、上記作品と同様に幕末から明治初期の市井の様子を交えながら、浮世絵が忘れられていく姿が丁寧に描かれている長編小説です。第154回直木賞の候補作品です。

この作品は三代目歌川豊国の死去にあたり、その後を継ぐか否かで迷う弟子の清太郎を主人公とし、失われていく江戸の町を前に「江戸絵」を書きたいという絵師たちの哀しみを描き出す物語です。

 

こうした小説で描かれている浮世絵作家たちは、自分らの作品が海外に流出することは勿論、海外で高い評価を受けることなど、夢想だにしなかったことでしょう。

本書の最後、林忠正は「日本の美術は、新しい芸術家たちに・・・フィンセント・ファン・ゴッホに、、光明を投げかけたのだから。私は、そのことを誇りに思います。」とテオの妻に告げています。この言葉はとりもなおさず、作者の心の声であるのでしょうし、私たち日本人の思いでもあるようです。

 

蛇足ながら、本書とは、小説のジャンルも勿論描かれている内容も全く異なる小説を思い出してしまいました。単にゴッホの「ひまわり」という絵画をモチーフにしているというだけの繋がりです。

藤原伊織という冒険小説作家の作品であり、格調高い文章でハードボイルド小説の第一人者といえる、私の大好きな作家です。『ひまわりの祝祭』というその小説は、本作品とは全く関係はありませんが、一読の価値ありと思います。

[投稿日]2018年05月18日  [最終更新日]2018年5月18日
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