俊英と謳われた豊後羽根藩の伊吹櫂蔵は、役目をしくじりお役御免、いまや“襤褸蔵”と呼ばれる無頼暮らし。ある日、家督を譲った弟が切腹。遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因と知る。弟を救えなかった櫂蔵は、死の際まで己を苛む。直後、なぜか藩から出仕を促された櫂蔵は、弟の無念を晴らすべく城に上がるが…。“再起”を描く、『蜩ノ記』に続く羽根藩シリーズ第二弾!(「BOOK」データベースより)
『蜩の記』と同じ羽根藩を舞台にした羽根藩シリーズの第二弾となる、長編の時代小説です。
葉室麟が直木賞を受賞した『蜩の記』の続編ということで、かなりの期待を持って読んだ作品ですが、残念ながらその高いハードルの故か、期待外れに終わった作品となりました。
そもそも『蜩の記』とは何の関連性もありません。舞台となる藩が同じというだけです。藤沢周平の『海坂藩大全』に代表される「海坂藩」と同様な物語環境を構築されようとされているのでしょうか。
主人公である豊後羽根藩の伊吹櫂蔵はお役御免となり、家督を弟に譲り自分は皆の眼から逃れて海辺の小屋で寝起きし、「襤褸蔵」と呼ばれながらも酒に浸る日々を送っていました。
その襤褸蔵が通っていた飲み屋にいたのがお芳という女でした。この女は、かつて一人の若侍に惚れた末に捨てられ、場末の飲み屋でたまには男に身をまかせるまでの女にまで落ちぶれていたのです。
その店の客としていたのが、江戸の呉服問屋三井越後屋の大番頭という身分も更には家族も捨てて俳諧の道へと走った咲庵(しょあん)という俳諧師でした。
三人共に心に鬱屈を抱えながらも死ぬこともならずに海辺のこの地に流れ着いていたものですが、ある日、櫂蔵のもとに弟の死の知らせが届きます。残された遺言書を読み、自分の知らないところで弟が苦悩していたことを知るのでした。
その後、弟の代わりに出仕するようにとの藩からの命が下るのですが、その命を持ってきたのが勘定奉行の伊形清左衞門であり、この男こそがお芳をもてあそんだ侍でした。
櫂蔵は皆の反対を押し切り、お芳と咲庵との力を借り、弟の死の真相を探るために再出仕するのです。
本書は、襤褸蔵とまで呼ばれるほどに堕ちた一人の男の再生の姿を描いた物語であり、お芳や咲庵の再生の物語でもあります。しかし、端的に言えば物語の舞台設定が安易に過ぎると思えて仕方ないのです。
そのそもの櫂蔵の再仕官という藩命が下るという点も疑問ですが、その点はさておいても、櫂蔵の再生の力になる江戸の大店の大番頭だった咲庵が偶然にも櫂蔵との酒の仲間であったり、彼ら二人が会う飲み屋の女が、敵役の井形清四郎から捨てられた女であるお芳であることなども都合が良すぎます。
勿論、葉室麟の作品ですからそれなりの物語として仕上がってはいると思います。これが葉室麟という名前を抜きにして読んだとすれば、普通の面白みのある小説として評価しているのではないでしょうか。
しかしながらやはりどうしても葉室麟という名前がある以上は『蜩の記』にみられた文章の美しさ、描かれる主人公の生きざまの清冽さなどが要求され、そして本書ではそうした格調の高さが感じられませんでした。
それはやはり、戸田秋谷の清廉さの漂う佇まいに比しての、本書の主人公である櫂蔵の生きざまの描き方の不徹底さにあると思われ。それはやはり舞台設定の安易さに帰着するとしか思えないのです。
比べても仕方がないとは思うのですが、葉室麟の数年後に『つまをめとらば』で直木賞を受賞された青山文平という作家は寡作であり、出版されるどの作品も高いレベルを保っています。それに比して葉室麟という作者は多作であり、だからというべきか、作品の品質は次第に落ちているような気がします。
勿論、全部の作品を読んでいるわけではないし、いち素人が大きなことは言えないのですが、葉室麟という作家の素晴らしさを知っているだけに残念です。
ま、このように言いながらもついついとこの作家の作品を手に取り、読み進めることだとは思います。その価値は十分にある作家さんだと思うのです。