葉室 麟

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新刊書

朝日新聞出版

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地方の小藩で、明治維新という時代の流れに流されつつも、互いを想いやる、ある武士と娘との恋物語を葉室麟らしい格調高い文章で語っている物語です。

九州の日向にある伍代藩に住まう民間の漢学者である桧垣鉄斎の娘栞(しおり)と楠瀬譲(くすせゆずる)という軽格の武士の二人は、密かに想い合う仲でした。しかし、譲は伍代藩の藩主忠継に重用され、次第に藩政に深くかかわるようになり、和歌の添削を受けるために通っていた桧垣鉄斎の住居である此君堂(しくんどう)に訪れることもできなくなっていきます。鉄斎の死後、此君堂で栞が鉄斎の後を継いで和歌を教え始め、そこに譲が再び和歌の添削を受けに通い始めます。しかし、やはり何かと周りの眼はやかましく、更に譲は大阪の藩邸に詰めることになるのです。

どうしても直木賞受賞作である「蜩の記」と比べてしまい、戸田秋谷というひとりの武士の生き様に焦点を当てて書かれている「蜩の記」に対して、栞と譲という二人に焦点があっている本書はまとまりが無いように感じてしまいます。

また、「蜩の記」で感じた全編を貫く清冽な印象もまた本書では感じられませんが、本書は時代の中での二人の恋が主題であり、武士の生きざまは副次的なものでしょうから、それは当然のことなのでしょう。

とはいえ、本書はやはり 葉室麟の作品であり、格調のある文体と共に示される漢学の素養とも合わせて、やはり面白い小説です。

和歌を絡ませている恋物語としては、先般直木賞を受賞した 朝井まかての「恋歌」があります。残念ながら小説の出来としては「恋歌」に軍配が上がるとしても、結局は本書も時代に翻弄される二人の行く末に対する関心から引き込まれて読み進めました。

蛇足ではありますが、タイトルの「この君なくば」の「この君」とは竹のことであり、「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」という「『晋書』王徽之伝」の中にある言葉だそうで、桧垣鉄斎の住居である此君堂もここからとっているということです。

[投稿日]2015年03月25日  [最終更新日]2015年3月25日
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