北の定町廻り同心・神谷玄次郎は14年前に母と妹を無残に殺されて以来、心に闇を抱えている。仕事を怠けては馴染みの小料理屋に入り浸る自堕落ぶりで、評判も芳しくない。だが事件の解決には鋭い勘と抜群の推理力を発揮するのだった。そんなある日、川に女の死体が浮かぶ―。人間味あふれる傑作連作短篇集。(「BOOK」データベースより)
藤沢周平作品には珍しい、同心を主人公にした「針の光」「虚ろな家」「春の闇」「酔いどれ死体」「青い卵」「日照雨」「出合茶屋」「霧の果て」の八編から成る短編時代小説集です。
別館ブログの方に、藤沢周平作品には同心が主人公の捕物帳は本書の他には無いのでは、と書いたのですが、少し調べると、捕物帳では『彫師伊之助捕物覚え』や、同心が主人公の作品では『疑惑』(文春文庫「花のあと」収録)や『狂気』(新潮文庫「闇の穴」収録)という短編などの作品があるようです。
それはさておき、本書ですが、私としては藤沢作品の中ではあまり高い評価ではありませんでした。
それは、登場人物の内心に踏み込むような描写が少なかったり、心象風景をも巧みに表現する情感豊かな情景描写が無かったりと、私が藤沢作品の特徴だと思っているしっとりとした佇まいを感じることが出来なかったからだと思われます。
ぶっきらぼうな玄次郎の探索の様子や手下の銀蔵とのやり取りなど、藤沢周平らしさが垣間見える個所もあるのですが、捕物帳として今ひとつ切れを感じず、いつもの藤沢周平作品らしさを感じられないのです。上記に掲げたことが理由でしょうか。
主人公が同心であり、捕物帳であるという本書の性格からそのような描き方にしているのだとは思いますが、個人的な感想としては違和感を感じざるを得ませんでした。
勿論、神谷玄次郎とお津世との、微笑ましくもほんのりとした色気のあるやり取りの場面に、玄次郎配下の岡っ引きである銀蔵が殺しの知らせを持って呼び出しにくるという冒頭のように、その数頁で本書の主要登場人物の三人の関係性示し、更に彼らの人となりを知らしめる様子などは、やはり上手いものだと思ってしまいます。
そういう意味では面白いのですが、やはり藤沢周平の作品だから間違いなくお勧めです、とまでは言えないのです。
本書はある種のヒーローものとも言えると思うのですが、その点では藤沢周平作品では『用心棒日月抄』という新潮文庫で全四冊のシリーズがあります。とある事情から人を切り脱藩後、国許からの刺客に追われながらの用心棒稼業にいそしむ青江又八郎を主人公とする作品で、この作品は名作と言われるほどに面白い物語です。
どうしてもこの作品と比べてしまい、私の中では評価の低いものとなったようです。