本シリーズの主人公は上絵師として身を立てようとしている二十歳すぎの娘で、名を律といいます。律には慶太という九歳の弟がおり、裏店に二人で住んでいます。二人の母親の美和は五年前に辻斬りに殺され、父親の伊三郎も二月前に川に落ちて亡くなりました。
主な登場人物としては、表店の葉茶屋青陽堂の、律の隣人である今井直之の手習い指南所で一緒に学んだ兄妹の涼太と香という幼なじみがいます。
律は涼太に恋心を抱いており、涼太もそれは同じです。香は二人の仲が進展しないため、何かと世話を焼きたがるのでした。
律の仕事である上絵師とは、「着物に花や鳥、紋様、家紋など、様々な絵を入れる」仕事です。
律は上絵師であった父伊三郎の手伝いをしながら自分も上絵師として身を立てるために修行をしていたのですが、その途も半ばで父が亡くなってしまいました。
上絵師としての観察眼と絵の腕を生かした似面絵のうまさに目をつけられ、知り合いの同心の頼みで犯人探しのための似面絵を書くことになり、物語として、単なる一人の娘の成長物語以上の幅をもたせることに成功しているようです。
本シリーズと似たシリーズとして、高田郁の『みをつくし料理帖シリーズ』があります。『みをつくし料理帖シリーズ』では大坂出身の料理人の澪が、土地柄も異なれば味の好みも異なる江戸の町で、料理人として認められ、自分を育ててくれた「天満一兆庵」の再興を目指し努力するひたむきな姿が描かれていました。
ともに主人公が娘であり、弟の有無という違いはありますが独りで強く生き抜いていく主人公の成長譚だという点では同じです。
何よりも、文章の雰囲気が似ています。ただ、高田郁のほうが人物や心象の表現に一日の長がある気はしますが、それは作家としての経験からしても比較する方が悪いというべきものでしょう。
本『上絵師 律の似面絵帖シリーズ』は2019年6月時点で五冊が出版されています。
当初は母親のみならず父親までも誰かに殺された疑いを抱いた律が、一枚の似面絵を手に父親の死の謎を探る様子が描かれ、この点が物語の一つの軸になっていくのかとも思っていましたが、その謎はすぐに明らかにされます。
ということで、今後この物語は律と涼太の恋模様を中心に展開するものと思われますが、本シリーズ同様にほかの作品にも注目していきたい著者でもあります。