あさの あつこ

イラスト1
Pocket

文庫

文藝春秋


江戸から遠く離れた田鶴藩。その藩主が襲われた。疾風のように現れた刺客は鷹を操り、剣も達者な謎の少年・燦。筆頭家老の嫡男・伊月は、その矢面に立たされるが、二人の少年には隠された宿命があった―。尋常でない能力を持つ「神波の一族」の正体とは?少年たちの葛藤と成長を描く著者待望の文庫書き下ろし新シリーズ第一弾。

弥勒シリーズ』のあさのあつこの描く全八巻の長編の青春時代小説です。一巻が160~170頁前後と実に薄い文庫本で、全八巻とは言っても通常の文庫本では三冊ほどにおさまってしまうでしょう。

シリーズのタイトルは「燦」ですが、本シリーズの主人公は、神波の一族という山の民に育てられた燦と、田鶴藩主の二男圭寿の近習として仕える田鶴藩筆頭家老の嫡男吉倉伊月という燦の双子の兄になると思います。

この二人が圭寿に付き添い、圭寿のために生きてゆく姿を描いてあります。したがって、圭寿の比重が重く、圭寿の生き方を中心にこの物語が展開していくことになり、田鶴藩内部の争いが描かれることになります。

ある日田鶴藩藩主常寿が鷹狩の最中に何者かに襲われ、落馬し大怪我を負ってしまいます。その賊こそが燦であり、伊月の双子の弟でした。

田鶴藩には、古くから田鶴の山を住みかとし、田鶴藩とは対等な関係を保っていた神波の一族という存在がいました。その神波の一族の長である兎十の娘が伊月の父伊左衛門に嫁いで生んだのが、燦と伊月という双子の兄妹だったのです。

ところが、一昔前に田鶴藩と神波の一族とが仲たがいをし、神波の一族は田鶴藩により殆どの者が殺されてしまい、そのことに苦しみながら燦らの母親は自害してしまいました

生き残った燦は神波の一族の手で育てられていたため田鶴藩主に恨みを持っていましたが、伊月とそして伊月の主人である圭寿と語らううちに二人に心惹かれ、圭寿の手助けをすることとなります。そして、圭寿と伊月が江戸へと赴くときに燦も共に江戸へ出ることになります。

圭寿は本来は戯作者として暮らしていきたいのですが、父常寿が亡くなるとともに圭寿がその後を継ぐことになり、その夢もかなわなくなるのでした。

その後、圭寿の命が狙われたり、「闇神波」一族なる存在が登場してきてたりと伝奇小説的な色彩をも帯びてきます。また、圭寿の兄継寿の側室である静門院という新たな人物が登場して謎は深り、更には行方不明になった燦の幼なじみらが再度意外な形で登場したりと、なかなかに忙しい展開となります。

伊月らを中心とした青春小説のつもりで読み始めていると、途中からはこの作者の『弥勒シリーズ』のような「闇」を垣間見せる部分もあったりと微妙に雰囲気が違う物語としての側面も見せます。

とはいえ、伊月ら三人の若者の物語であることは間違いなく、青春小説と言って間違いではないと思うのです。

話も終わり近く再び田鶴藩が舞台になったあたりでこの物語の終わりは大丈夫かと心配していたのですが、案の定最終巻となると、大きく展開していた物語が一気にかたがついてしまいます。つじつま合わせとしか思えない物語の終わり方だったのです。この点が残念でした。

この最後の点を除けば、痛快活劇小説としての面白さを十分に持った小説でした。それもあさのあつこというストーリーテラーの手になる物語として、面白い物語だったと言えると思います。

[投稿日]2017年12月15日  [最終更新日]2017年12月15日
Pocket

おすすめの小説

おすすめの痛快時代小説

軍鶏侍シリーズ ( 野口 卓 )
デビュー作の軍鶏侍は、藤沢周平作品を思わせる作風で、非常に読みやすく、当初から高い評価を受けています。
風の市兵衛シリーズ ( 辻堂 魁 )
主人公が「渡り用人」というユニークな設定で、痛快と言うにふさわしい、とても読み易いシリーズです。
付添い屋・六平太シリーズ ( 金子 成人 )
さすがに日本を代表する脚本家のひとりらしく、デビュー作である本シリーズも楽に読み進むことができる作品です。
居眠り磐音江戸双紙シリーズ ( 佐伯泰英 )
佐伯泰英作品の中でも一番の人気シリーズで、平成の大ベストセラーだそうです。途中から物語の雰囲気が変わり、当初ほどの面白さはなくなりましたが、それでもなお面白い小説です。
とんずら屋シリーズ ( 田牧 大和 )
隠された過去を持つ弥生という娘の「夜逃げ屋」としての活躍を描く、連作の短編集です。痛快活劇小説と言えるでしょう。この作家には他にからくりシリーズという娘が主人公のシリーズもあります。
本

関連リンク

あさのあつこ「少年たちの「活劇」を時代小説で描きたい」-インタビュー・対談
初の文庫オリジナル・シリーズとなる「燦」の刊行が始まりました。第一弾『燦 1 風の刃』では、異能の一族の少年・燦と、藩に仕える家老の嫡男・伊月(いつき)を中心に、江戸の世を駆ける少年たちが生き生きと描かれています。
『燦』シリーズますますヒートアップ! 天性の物語り作家の筆力恐るべし
あさのあつこは児童書でデビューし、10代の心情を瑞々しく描いた物語で人気を博した。最近はミステリーやファンタジー、SFなどジャンルを超えて活躍し、時代小説にも意欲的に取り組んでいる。
いまスゴイ一冊『敗者たちの季節』あさのあつこインタビュー
「バッテリー」シリーズで知られ、全身全霊でスポーツに打ち込む若者を描けば右に出るもののいないあさのあつこさんが、新たに挑んだテーマは「敗者」。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です