「親分、心など捨てちまいな、邪魔なだけだぜ」たった独りで、人の世を生きる男には、支えも、温もりも、励ましも無用だ。武士と遊女の心中は、恋の縺れか、謀か。己に抗う男と情念に生きる女、死と生の狭間で織りなす人模様。(「BOOK」データベースより)
「弥勒」シリーズ第五弾の長編小説です。
前巻の『東雲の途』では、清之介が自分の生国へと旅立ち、自らの過去と正面から向き合うことになりました。それに対し、本書は木暮信次郎の物語と言えます。
同心である信次郎の物語、つまりは捕物帳の側面が前面に押し出された物語となっています。ある同心と女郎との心中事件が起きるのですが、何か違和感を感じ、十年前にもあった似たような事件を調べなおします。そこに、信次郎の今の情婦とでも言うべき品川宿「上総屋」の女将であるお仙の過去が絡んでくるのです。
信次郎の頼みで十年前の事件を調べるお仙ですが、物語は、お仙の陰の警護につくのが信次郎に頼まれた清之介などという意外な進行になります。
捕物帳色が前面に出ている作品とはなっているのですが、そこはやはりシリーズ色はそのままです。ただ、前巻の旅があるからでしょうか、清之介の雰囲気が、少しではありますが陰惨さが影を薄めているようでもあります。
ただ、清之介とはまた異なった闇を心の裡に抱えている信次郎ですが、本書はそうした信次郎の物語ではあります。