安生 正

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金精峠で土砂崩れが起こり、足尾町の人々は原因不明の死を遂げ、富岡では大火災が発生するなど、関東北部では未曾有の大災害が頻発していた。そんな折、元大手ゼネコン技術者の木龍のもとに、奥立という男が訪ねてくる。すべてはマグマ活動にともなう火山性事象が原因で、これ以上の被害を阻止すべく、技術者としての木龍の力を借りたいという。だが、彼の協力もむなしく大噴火は止められず、やがてマグマは東京へと南下していく―。地球規模の危機に技術者たちが挑むパニック・サスペンス巨編!(「BOOK」データベースより)

安生正のゼロシリーズも三作目となる、人間の営みを遠因とする未曾有の災害を描くパニック長編小説です。

関東北部で起きたマグマ活動の活発化による大災害は、次第に南下し、東京を巻き込もうとします。その東京では地下のマントル層を利用した巨大発電システムが立ちあがろうとしていた。その災害を防ぐべく木龍という技術者が立ち上がるのです。

巻末を見ると、大量の参考文献が挙げられています。それらの膨大な資料が駆使されてこの作品ができあがっていることは、本書冒頭からよく分かります。

しかしながら、逆にその説明が過多に過ぎ、どうも物語として楽しむことができませんでした。関東を一気に壊滅させる災害を起こすには、精密な学術的裏付けがあってこそ物語のリアリティーが増してくると考えられたのでしょうが、私には解説ばかりの本だとの印象になってしまいました。

同じように地球規模の災害を描いた名作として 小松左京の『日本沈没』という作品がありました。文庫本で上下二巻もあるこの作品は日本そのものを沈めてしまった作品です。この本でも物語に真実味を与えるだけの理論的裏付けは為されていたのですが、物語を邪魔している印象は全くありませんでした。ただ、この作品は、日本が沈没したその後の日本人の生きざまを描くことが主眼だったらしく、本作品と同一には論じられないのかもしれません。

また、『シン・ゴジラ』という映画があります。この映画に好意的な感想として、政府内の人物の描き方にリアリティーがあり、人間がよく描けていて良かったというものがありました。ゴジラの襲来という日本国の危機に際しての政府の対応を丁寧に描くことで、ゴジラという架空の生物への物語も真実味を得ることができたのでしょう。

これに対し、本書の場合、地球規模の災害についての説明はかなり詳しいものの、人間の描き方は決して丁寧に為されているとは感じられず、上記のような印象になったのだと思われます。

マグマの活動による災害としては、高嶋哲夫の『富士山噴火』という作品がありました。陸上自衛隊のヘリのパイロットだったという過去を持つ新居見充を主人公とし、富士山噴火が現実のものとなったときに、新居見を中心としたグループの活躍で、御殿場市や富士宮市など近隣都市の九十万人にもなる住民の避難が開始される状況を描いたパニック小説です。この作品は、細かな点での不満点はありながらも、行政側も含めての人間の書き込みもそれなりにあり、かなり面白く読みました。

本書のテーマは非常に面白かっただけに、人間が描き切れていない印象があったのは非常に残念に思いました。木龍という本書の主人公でさえ、終盤の行動は陳腐に思えたものです。

こうした点は、それまでは理詰めの行動をとっていた筈の登場人物の一人である香月が破たんした行動をとるなど、人間味を描くにしても少々ずれた印象しか持てないことになってしまた点などにも表れているようです。

安生正という作家は、私にとっては期待する作家の一人でもあり、これからの作品も注目したいものです。

[投稿日]2017年09月19日  [最終更新日]2019年1月24日
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